前に書くのを忘れてましたが、この頃は小学生です。当然のようにゲーセンに行くと怒られるわけですよ。
後にその先生に「なんであんなにうるさかったんです?」とか聞いたら「お前らは平気だったみたいだけど、カツアゲとか酷かったんだよ」とか言ってました。
マイコンの時代――少なくとも通ってた小学校のその学年では流行ってた。何故か。
『ゲームセンターあらし』にハマってた僕は当然のように『こんにちはマイコン』を買って読み、「これだ!」と思うわけですよ。ゲーム全般が好きで、「自分が考えたゲームが作れる!」となれば、そりゃマイコンが欲しくなるわけです。
親にねだって「PC-8001mkII」を買ってもらったのが1983年。「FM-7」とどちらを買うか悩んでPC-8001mkIIにしたのはたぶん『こんにちはマイコン』がPC-6001だったから、同じ日本電気のマイコンにしたんだと思う。……そういやなんで素直にPC-6001にしなかったんだろう。不思議。
小学校でマイコンがどのくらい流行っていたかというと、同じクラスで4〜5人は持ってたんじゃないかな。男子生徒は20人くらいですから、所有率2割以上ですよ。
彼らはだいたいPC-6001mkIIとかPC-6601を買ってて、ソフトの貸し借りができなくて悔しい思いをしてましたね*1。
中学の時にマイコン持ってたのもほぼ全員同じ小学校の出身の違うクラスの連中だったりするし*2。それらを合わせると10人以上はいたんじゃないかなー*3。
おかげで高校に行ったときに意外とみんなパソコンを持ってないのに驚きましたけど(苦笑)。
――というくらい何故か局所的にマイコンが流行ってました。ファミコンを持ってる人は中学に入ってから何人か見かけたくらいなので、全然印象にありませんでしたし。
ゲーム目当てで買ったパソコンですが、持っていたソフトは「マリオブラザーズ*4」「ファンファン*5」「ウルトラ四人麻雀*6」「ナッツ&ミルク*7」くらい――と思ってネットを検索したら「芸夢狂人の宇宙旅行*8」も持ってたよ!
もしかしたら他にも持ってたゲームあったかも。だとしたら意外に買ってますね。
でまあ、当然のようにマイコン雑誌を買うようになるわけですが、最初に買ったのは「マイコンBASICマガジン」と「POPCOM」。
ベーマガは安かった*9のと、ゲームのプログラムが沢山載ってたから。ソフトはあまり売ってないんで基本的には自分で入力しなくちゃいけなかった――ってのはあちこちでよく語られている通りで、僕もそうやって遊んでました。
こらえ性がないのでプログラムは途中まで入力して実行する、ってのを繰り返してましたな。面クリするとエラーで止まって悲しい気分になったりとか(笑)。おかげでプログラムの動作がなんとなく理解できた気がしますけど。
そうそう、途中から「スーパーソフトマガジン」が付くようになって、それに掲載されてるビデオゲームを探しまくる日常もありました。『ゲームセンターあらし』と入れ替わるくらいのタイミングでしたし。
『ゼビウス』を知るのはもちろんその特集号ですし、探し回りましたね。ちなみに『ゼビウス』が印象的だったのは背景に色が付いてたのが大きいかったかも。当時のゲームの背景はほぼ黒でしたし。
POPCOMは小学館が新創刊*10したから買い始めたはず。確か割と早いタイミングでZ-80の入門が始まってたので、それで勉強した記憶があります*11。
――当時は「マイコン」派と「パソコン」派があった気がするのですが、ひょっとするとPOPCOMは「パソコン」だったかも。違うかな?
少し経って、やはり安いから*12という理由で「PCマガジン」も買うようになります。アダルトソフトの特集をしてた*13のが印象的で、おかげで光栄のアダルト作品とかファルコムのアダルト作品とかいらん知識をいろいろ仕入れるわけです*14。PSK*15とか。他に何があったっけな?
いわゆる御三家の「I/O」「マイコン」「ASCII」はたまーに買ってたくらいかな。市販ゲームのダンプリスト目当てで。他の雑誌についてはまた後で。
当時の漫画も語っておくと、
ゾルゲ市蔵さんは「アニメは外せない」とか書いてましたが、僕にとっては漫画ははずせません。
『ゲームセンターあらし』で「コロコロコミック」を買い始めたように『ボクの婚約者』を読むために「月刊少年ジャンプ」を買うようになるわけですが*16、雑誌もさることながら弓月光にハマっていろいろ買うようになるわけですよ。関連作品だと聞いて*17『エリート狂走曲』を探したり、『みんなあげちゃう♥』を買ったりするわけですよ。小学生が。
……そう考えると『こどものじかん』でりんちゃん達がエロエロなのも納得ですな。女の子のほうがませてるはずですし。
あとは「少年ビッグコミックス」との出会いがこの頃ですね。
コロコロの読者ページにイラストが何度も掲載されていたりした*18セイキ君は何故か「少年ビックコミックス*19」を沢山持っていたんですよ。
少なくとも『エリア88』『球道くん』はあった。『エスパー魔美』がエッチで好きだった(笑)。
そして『みゆき』であだち充にハマるわけです。確か『ナイン』を読んだのも彼の家だったかな。
そんな感じでパソコンと漫画にハマりつつ中学生になるわけです。
――つづく。
*1:そもそもゲームはPC-6000系のほうが多かったですし。
*2:同じクラスで中学に入ってから買った人もいるはず。MSXとか出てたし。
*3:当時はとにかくマイコン持ってる人と仲良くするようにしてたのです……たぶん。
*4:今でも元気なウェストサイド版。ジャンプが斜め45度だったのが屈辱。そのかわりファミコン版にはなかったつらら面もちゃんとあった。
*5:エニックスのコンテストの大賞作品だったかな。これは面白かった。今でも遊びたい。
*6:数少ないPC-8001mkII用のソフト。九十九電機製。確かPC-8001mkII用の野球拳かなんかも出してた気がするけど、さすがに買わなかった。興味はあったけど。
*7:これも数少ないPC-8001mkII用のソフト。Wikipediaに載ってないみたいだけど。もちろんハドソン。
*8:これは工学社。I/Oとか出してたとこね。ちなみに芸夢狂人は当時の有名プログラマーで、だから買ったんだと思う。これもPC-8001mkII用。
*9:当時は300円だったかな?
*10:そういや創刊号は忌野清志郎さんのイラストでしたっけ。
*11:6809の入門はだいぶ後だったので、その意味ではPC-8001mkIIを選んだのはよかったのかもしれません。ただ、後にPC-8801mkIISRを買うことなったのはよかったのか悪かったのか。
*12:当時は290円だったかな?
*13:1983年11月号だったかな?
*14:PC-8001/mkII用のアダルトソフトはろくなのがないしね。九十九の野球拳もこれで知ったのかも。
*15:「パソコンショップ高知」ね。念のため。
*16:月ジャンに関しては増刊の「HOBBY's JUMP」の影響が大きかった気もしますが。後に連載が始まる『ネットワーク戦士』とかね。
*17:確か弓月光特集の別冊とか出てて、それで知ったんじゃなかったかな?
*18:というのを後で知って驚いた。せっかくオタク的才能があっても田舎にいてはどうにもならないのよね……。