2ちゃんねる

 養老孟司氏の著作では頻繁に「脳=都市、秩序、大人」と「身体=自然、混沌、子供」の対立について書かれている。より正確には「脳(都市)は身体(自然)を嫌っていて、存在をなくそうとしている」らしい。確かにその切り口で考えるといろいろなことを説明できる。
 例えば「2ちゃんねるに対する嫌悪」。
 今まで2ちゃんねるに対して嫌悪感を抱いている人がいるのを不思議に思っていたが、前述の説明を借りれば「都市化(脳化)した大人」が「無秩序に見える存在」を嫌っていて、それを無いものにしたいのだろう。確かにアンチ2ちゃんねる的な立場の人(あるいは組織)は都市化した大人に多いように感じる。
 もっとも、2ちゃんねるは外から見るよりずいぶん秩序があるので「2ちゃんねらーも都市化の進んでいる大人である」と言えるのだけれど。より無秩序(子供、自然)に近い存在を「厨房」とか「荒し」と呼んで嫌っているくらいだからね。


 また養老氏が折に触れて「人は変わるものであるのに、人は変わらないと前提している人が多すぎる」と述べている。この「人は変わらない」という前提が「匿名性」を求めているではないだろうか。
 つまり、過去に「署名」した書き込み(情報)に対して後に意見が変わったとき、「人は変わらない」という前提があるために「意見が変わったこと」を攻撃される可能性がある。それを避ける手段として「匿名」が求められているのではないかと思う。
 したがって「人は変わる」という前提をもっているなら、署名に対する抵抗が多少は減るのではないか、そんな気がするのである*1

*1:匿名の利点はこれだけではないので、なくなったりはしないだろうけど。