「萌え」を論じるときは「かわいい理由」と「十分条件」に分けるべきかもね

 「萌え」っていうのは「そのかわいい○○が好き」っていうことなんじゃなかろうか。
 でも「かわいい」「好き」というのは「萌え」るための必要条件であって十分条件じゃないから、その十分条件を巡っていろいろ語られているような気がする。


 ただ「萌え」について語っているのを読んでいると、「かわいい」と感じる理由を語っている部分と、付加的な「十分条件」を語っている部分が混じっている気がするんだよね。だから議論としては発散しがちなんじゃないだろうか。
 したがって「萌え」を論じるときは、必要条件である「かわいい」と十分条件である「付加価値」にきちんと分けるようにすれば、もうちょっと建設的な(分かりやすい)話になるんじゃないでしょうかね。